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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)751号 判決 1959年10月31日

控訴人 被告 関東信越国税局長

訴訟代理人 環昌一 外三名

被控訴人 原告 長野県罐詰興業株式会社 外一名

訴訟代理人 坂本忠助

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は控訴代理人において、

「一、原審における表見代理の主張を次の通り補充する。表見代理制度は代理制度に内在する衡平法的規定であつて、被控訴人らが国内各所に工場や営業所を所有し代理制度を利用して莫大な利便と活動の便宜を得ている以上、表見代理制度によつてある程度の不利益を受けることがあるのは当然である。これを物品税法についてみると同法は製造場毎に申告書を作成しその製造場所轄の税務署にこれを提出することを命じているが、これは製造業者が諸所に製造場を有し広範な地域にわたる取引活動を行うことを前提として納税者たる製造業者の便宜をはかつたものと解せられる。そして物品税の申告その他の関係は各製造場の物品の移出に常に随伴する事項であつて本件のように物品税に関する審査決定の通知先を当該製造場本位に考えることは法の精神に反するものではなく、かかる場合表見代理制度が適用されると解すべきである。

二、仮に長野罐詰興業株式会社長野県事務所長高田芳雄の代理権に関する控訴人の主張が全部容れられないとしても、同人は被控訴人ら(法律上は別法人であるが社会的実質においては同一の人格あるものとみて妨げない。)の長野県における一般の連絡事務を処理していたことは明らかであるから、同人に対して本件審査決定の通知書を手交した以上同通知書は被控訴人らの実力支配内に入り右決定は即時被控訴人らに対して効力を生じたものというべきである。

三、物品税の課税標準価格は通常の取引形態及び取引事情における価格である。従つて当該物品につき統制額の定めがあつてもこれが果して通常の取引形態及び取引事情における価格であるか否かを検討しなければならない。本件各物品につき当時統制額の定めがあつたことは認めるが、本件各物品は品質が上等で(砂糖に蜂蜜を加えたものである。)他に類似品が少なかつたので、通常の取引では統制価格をはるかに上廻る価格で取引せられていたのである。この間の事情は次のような事実からも窺いうる。即ち長野県では昭和二十三年に価格等取締規則(昭和二十一年大蔵省令第五十三号)及び同規則施行細則(昭和二十二年長野県令第四号)にもとずき被控訴人長野県罐詰興業株式会社の蜂蜜いちごジャム製品について販売価格の届出を受理したことがあり、又物価庁は昭和二十四年十月十四日に同被控訴人の苺ジャム、杏ジャム製品について、同年十一月二十六日に被控訴人瑞穂食糧化工株式会社(旧商号長野罐詰興業株式会社)の苺ジャム、リンゴジャム製品について、それぞれ統制額を超える特例価格を認可した。このように被控訴人らの製品は上質であつたので、申請すれば容易に統制額を超える特例価格が認可せられたのであつて、世上一般には右製品は統制価格をはるかに上廻る価格をもつて取引せられていたものである。税務当局において昭和二十五年末から従来の方針を改め統制額ある物品についてこれを物品税の課税標準価格とすることにしたのは、経済の正常化に伴い一般の物品の統制額が通常取引価格としての実質を具えるようになつたからに外ならない。」

と述べた外は、原判決事実摘示の通りであるからここにこれを引用する。

証拠として被控訴代理人は甲第一号証の一、二、第二号証の一乃至三、第三、第四号証の各一、二、第五乃至第七号証、第八、第九号証の各一、二、第十号証を提出し、原審証人高田芳雄及び竹上半三郎の各供述を援用し、乙第三号証の成立は不知、第四号証が被控訴人瑞穂食糧化工株式会社の使用した封筒であることを認めるがその成立は不知、その余の乙各号証の成立を認めると述べ、控訴代理人は乙第一乃至第四号証、第五号証の一、二、第六号証、第七号証の一乃至三、第八、九、十号証の各一、二を提出し、乙第三号証の高田芳雄の肩書にある「長野県事務所長」なる文言は小松正作が記載したものであると附陳し、原審証人久保登、小松正作、寺沢和好、林岩彦、蟻川里う、竹村芳之、北村千秋、当審証人中島一彦、矢島光詮の各供述を援用し、甲各号証の成立を認めると述べた。

理由

まず本訴が出訴期間経過後に提起されたものであるとの控訴人の本案前の主張につき判断する。

控訴人が被控訴人長野県罐詰興業株式会社(以下被控訴人旧社という)及び被控訴人瑞穂食糧化工株式会社(旧商号長野罐詰興業株式会社以下被控訴人新社という)に対してそれぞれ昭和二十七年四月十一日付で本件審査請求棄却決定をしたこと、右決定の通知書が控訴人から長野税務署長を経由して長野県篠ノ井市所在の被控訴人新社長野県事務所に送付されたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第九号証の一、二及び乙第一号証、原審証人久保登、高田芳雄及び竹上半三郎の各供述を総合すれば、前記長野県事務所長高田芳雄は同年四月二十一日頃右通知書を受取り同年五月末頃東京都所在の被控訴人新社の本社に送付したので当時被控訴人らから右通知書の受領を含め右審査手続に関する一切の事項につき代理権を与えられていた弁護士竹上半三郎は直ちにこれを受領した事実を認め得るのであり、被控訴人らが右審査決定に対し同年八月十三日その取消を求める本訴を提起したことは記録上明らかである。

しかるところ控訴人は、高田芳雄は被控訴人らを代理して本件審査決定の受領を含む租税に関する諸事務につき税務官庁と折衝する権限を有していたから、右通知書が高田芳雄に交付せられた同年四月二十一日に本件審査決定は被控訴人らに到達したというべく、従つて本訴は出訴期間経過後に提起せられたものであると主張するのであるが、成立に争のない乙第二号証によるも高田芳雄が少くとも本件審査決定受領の代理権を有したことを認めるに足らず、その他同人が右のような代理権を有したことを認めるに足る適確な証拠は存しないから控訴人の右主張は採用しない。

次に控訴人は高田芳雄において仮に右のような代理権を有しないとしても一般に他から被控訴人らに対する文書を授受する等の代理権を与えられていたものであると主張するが、原審証人林岩彦、蟻川里う、寺沢和好、小松正作の各供述によるも右のような代理権の存する事実を肯認するに足らず、その他右主張事実を認めるに足りる資料はないから、右主張もまた採用しえない。

さらに控訴人は、「高田芳雄が前示のような代理権を有しないとしても被控訴人新社は対外的に同人に対し文書受領の代理権を与えた旨表示しているから、民法第百九条及び商法第四十二条の適用乃至類推により同人が右通知書を受領したときに右通知は被控訴人新社に対し効力を生じたものというべきである。仮にしからずとするも、高田芳雄は少くとも被控訴人新社を代理して同社のため取引先との交渉や現地の地方自治体当局との地方税に関する折衝等をする権限を与えられていたから、控訴人は同人が国税に関する本件審査決定の通知書を受領する権限ありと信じたのであり、かつかく信ずるにつき正当な事由があつたから、民法第百十条の適用により右通知書が高田芳雄に交付せられたときに被控訴人新社に本件審査決定が到達したというべきである。また被控訴人旧社は長野県篠ノ井市内に長野県事務所を設け事務所長に対し受方代理権を含む広汎な代理権を与えていたところ、同社は被控訴人新社設立直後たる昭和二十四年十一月二十五日解散したのであるが、解散後、右事務所の人的構成、物的施設はすべて被控訴人新社長野県事務所にひきつがれ、かつ両社は名称がことなる外に実質上形式上の相違はなく社会的には同一人格というべきであつたので、控訴人は被控訴人新社長野県事務所長高田芳雄において被控訴人旧社をも代理する権限があると信じたのであり、かつかく信ずるにつき正当事由が存したのである。従つて右通知書が高田芳雄に交付されたときに右は被控訴人旧社につき効力を生じたものである。」と主張する。よつて判断すると、本件審査決定の通知は行政庁がその権力的地位に基いて審査の請求の当否を判断した上、その請求をした者に対し審査機関の判断の理由及び結論を知らせるものであり、しかもこれに不服な者が裁判所に出訴する期間も、この通知のときより起算されることを思うとき、この通知は通知を受領する権限を有する者それ自体に対してなされるべきことは、むしろ当然というべきである。従つて私法上の取引安全を保護するために認められた表見代理の制度は右通知の受領に関する限り適用乃至類推されないものと解するのを相当とするから、控訴人の右主張はそれ自体失当として排斥を免れない。

次に控訴人は、仮に控訴人の右各主張が理由がないとしても、被控訴人新社長野県事務所は被控訴人らの長野県における一般連絡事務を処理していたものであるから、右通知書は右事務所長高田芳雄に交付されることによつて被控訴人らの実力支配内に入り、右通知は直ちに被控訴人らについて効力を生じたというべきであると主張する。よつて按ずるに、高田芳雄は前示のとおり右通知書を受領する権限を有せず、しかも同人の執務する長野県事務所は被控訴人らの代表者の執務すべき本店(成立に争のない甲第四号証の一、二によれば当時被控訴人旧社は神奈川県茅ケ崎市、同新社は東京都港区にそれぞれ本店を有していたと認められる。)から遠隔の地に存することが明らかであるから、右通知書が高田芳雄に交付せられたからとてこれをもつて同時に被控訴人らに本件審査決定が到達したとはいいえない。従つて右主張は採用しない。

しからば被控訴人らは昭和二十七年五月末頃本件審査決定の通知を受けたものというべく、従つて本訴はもとより出訴期間内の提起にかかり適法というべきである。

つぎに本案について判断する。被控訴人らがその篠ノ井工場及び長野工場において原判決別紙第一乃至第四表記載の期間に物品税法(昭和二十四年法律第二百八十六号による改正前のもの)第一条第一項第一種戌類に該当するジャム及び罐詰並びに壜詰食料品を製造して移出し、その移出総額(但税抜)は同表記載の通りであつて、被控訴人らはこれを所轄長野税務署長に申告すべきであるにもかかわらず、右第一、第三表記載の申告移出額欄記載の物品についてのみ同記載の日に長野税務署長に物品税法上の申告をしたのみでその余の移出物品については申告をしなかつたこと、長野税務署長は昭和二十六年八月二十三日附をもつて被控訴人らに対し右不申告移出物品に関し被控訴人ら主張のような物品税賦課の決定をなし、被控訴人らは同年十月五日右決定に対し控訴人に審査の請求をしたが昭和二七年四月十一日附でいずれも請求棄却の決定を受けたこと、長野税務署長は右物品税賦課に当つて原判決別紙第一乃至第四表記載の移出総額(その内訳は同第五表記載の通りである。)を課税標準としたが、右はいずれも本件物品に適用ある物価統制令による物価庁長官指定の統制額を超える税込価格であつたことはいずれも当事者間に争がない。

しかるに物品税の課税標準価格は通常の取引形態及び取引事情における価格であつて本件物品のように物価統制令による統制額の定ある物品については統制額がこれに当るというべきである。もつとも控訴人らは被控訴人製造のジャム類につき物価庁長官指定の統制額を超える例外許可価格(いわゆる特例価格)が所轄庁によつて許可せられた旨主張するのであるが、原審証人北村千秋及び当審証人矢島光詮の供述によれば、本件物品のうち若干のものについて例外許可価格が許可せられ、この価格をもつて移出せられたことを窺知しうるにとどまるのであつて、さらに右価格の額及び本件物品中いずれがこれに該当したかに関しては適確なる証拠は存しない。然らば本件物品のうちには、例外許可価格の許可あるものとその許可のないものとが混在したものと見るべきである。よつて長野税務署長の認定した本件課税標準価格は一面本件の物品中例外許可価格の許可なき物品に関しては物価庁長官指定の統制額を超える点において違法であり、他面本件の物品中例外許可価格の許可を受けた物品に関してはその品名及びその例外許可価格の額が明らかでないに拘らず、これを明らかにせずして、漠然と統制額を超える価格を課税標準価格とした点において亦失当たるを免れない。されば長野税務署長の認定した本件物品についての課税標準価格は、すべて失当というべく、従つてこれを是認した原審査決定は違法として全部取消を免れない。

よつてこれと同旨の原判決を正当として本件控訴を棄却し、控訴費用は控訴人に負担せしめて主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 松田二郎 裁判官 猪俣幸一 裁判官 沖野威)

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